「まちのIT屋さん」で小高に活気を

「まちのIT屋さん」で小高に活気を
株式会社小高テック工房代表 塚本真也さん

常磐線の小高駅から西へとまっすぐのびる小高の駅前通り。小高のメインストリートであるこの駅前通りの一画に、昨年「まちのIT屋さん」が開業した。

「小高テック工房」と名付けられたこの場所は、まちのパン屋さんが人が行き交うまちの中でパンを売って商売をするように、ITを商品に、まちのにぎわいを演出しながら商売をするという、なんだか懐かしくて新しいお店だ。

そして、この小高テック工房を営んでいるのが塚本真也さん。

塚本さんは今から約2年前に海外から小高に移住してきたという異色の経歴をお持ちの方だ。塚本さんはどんな想いでこの小高に降り立ち、「まちのIT屋さん」を開くに至ったのだろうか。

「予測不能な未来を楽しむ」に惹かれ、ジャカルタから小高へ

塚本さんが営む小高テック工房は小高の街中、駅前から続くメインストリート沿いにある。

「小高テック工房は、『まちのパン屋さん』や『まちの電器屋さん』のように、日々暮らす中で足りないものや困ったことがあったときにすぐ訪れることができる『まちのIT屋さん』を目指しています。具体的には、パソコンやスマートフォンの操作のレクチャーから、中小企業のWebページの制作まで、さまざまなITの悩み事に応えられるようにしています」

そう語る塚本さんは、この小高テック工房を拠点に、まちのにぎわい作りを目指している。

「僕の小高の第一印象が『人が少ないまち』だったということもあり、やっぱり街に人を増やして活気ある姿を取り戻したいなって。小高テック工房では2階の部分にコワーキングスペースも設けて、都市部の企業が小高にサテライトオフィスを展開できるようにしています。そうすれば都会で会社勤めをする人でも転職せずに小高に移住することができる。働く場を提供することで、少しでも小高で暮らす人が増えてまちににぎわいが戻ればという想いで、このコワーキングスペースを開設しました」

そんな塚本さんが小高へやってきたのは2020年の5月。それ以前はインドネシアのジャカルタで、日系企業のIT部門の一員としてサラリーマンをしていた。インドネシアから福島・小高へ。この壮大なワープを決断したのは、南相馬市の起業型地域おこし協力隊制度「Next Commons Lab 南相馬」が掲げる、あるキャッチフレーズを目にしたのがきっかけだという。

「ジャカルタには2015年から赴任していたんですが、5年ほど経ってちょうど自分の仕事もひと段落して、『次は何をしようかな』と考えていました。そんな時に転職情報を見ていたら地域の仕事特集が組まれていて、その中に『予測不能な未来を楽しもう』という言葉とともにNext Commos Lab 南相馬でローカルエンジニアの募集が出ていたんです。震災と原発事故を経験した場所で、ローカルエンジニアとして地域の課題解決を図るお仕事と書いてあって『これは面白そうだな』と思って決めました」

この「予測不能な未来を楽しもう」というキャッチフレーズに惹かれ、はるばる小高へとやってきた塚本さん。もともと小高とはほとんど関わりがなかったとのことで、移住にあたってはやはり不安が大きかっただろうと勝手に想像していたが、塚本さんからは予想の斜め上をいく答えが返ってきた。

「30代になってから、青年海外協力隊として南米のパラグアイや、アフリカのルワンダに行っていた経験があるので、そこは全く気にならなかったです。特にパラグアイにいたときは首都からバスで7時間、電気はギリギリ通ってるけど、しょっちゅう停電するし、なんといっても飲み水は雨水という環境でしたから。その点小高は電気ガス水道のインフラはあるし、スーパーもガソリンスタンドもある。そもそも日本語が通じるので(笑)。生活に不便することなんて何もないですよ」

これはもう恐れ入りましたというほかない。きっと世界をまたにかけて活躍されてきた塚本さんだからこそ、この小高を新天地として選んだのだろう。

キーパーソンとの出会いが道を開いてくれた

海外経験から得たバイタリティと、サラリーマン時代に得たITスキルという、二つの武器を携えて小高へとやってきた塚本さん。しかし、当初は新型コロナの影響もあり、手持ち無沙汰な日々が続いたという。

「小高に来てからしばらくは、『こんなことやりたいなぁ』と妄想するばかりで、なかなか実行に移せない毎日が続きました。まちの様子も、もともと震災で人が少ないところに、コロナでますます人がいなくなっていて。小高に最初来たときは『まちに人がいない』っていう第一印象でした。地元の人ともなかなか交流できず、手がかりがつかめない感覚がありました」

新型コロナで停滞を余儀なくされた塚本さん。しかし、地元のキーパーソンとの出会いが、塚本さんにとって大きな契機となる。

「小高で活動するにあたっては、まずは飛び込みであいさつに回りました。そのあいさつ回りをする中で、現在の小高テック工房のオフィスを貸していただいている廣畑裕子さんという方に出会うことができたんです」

この廣畑さん、震災後の小高の新たな名産品として、トウガラシの加工品の生産や・販売を手掛けるお方。さらに、そのトウガラシの加工品をはじめ、小高で手作りされた数々の品物を取り揃え販売するショップ「小高工房」の運営もしている。地元の人からの信頼も厚く、まさにキーパーソンといえる方だ。

塚本さんは、廣畑さんや、Next Commons Lab 南相馬の主催者である和田智行さんのような地域のキーパーソンと出会い、交流を深める中で、だんだんと頭の中で描いていた理想を形にしていけるようになった。

そして、2021年、小高工房の店舗を間借りする形で小高テック工房をオープンさせた。

夢や目標とともに小高を目指してほしい

「まちのIT屋さん」の他にも、塚本さんはITを軸にした地域づくりにさらなる活路を見つけ出そうとしている。

「コロナで会社に行かなくても仕事ができる世の中になったことで、いまは『地域にいながら地域の外の仕事をする』ことに大きな可能性を感じています。コワーキングスペースの開設で『転職なき移住』ができる環境を作ったように、小高で都会と田舎のいいとこ取りができる生活スタイルを確立していきたい。行政や企業ともかけあって、スタートアップやベンチャーが集積する地域にもしたいと思っています」

小高の未来に大きな夢を抱く塚本さん。そんな塚本さんは移住を検討している人に向けて「ぜひ夢や目標を持って来てほしい」と語った。

「小高は移住者に開かれた場所で、何かやろうとすると応援してくれる人がたくさんいます。一方で、ここで暮らしていけるだけの仕事が充分にあるかというと、100%そうとはまだまだ言えない状況です。都会のような大きなマーケットがあるわけではないので、ここで食って生きていくのは簡単ではありません。だからこそ、これから移住を検討する方には自分の夢や目標といったような『小高に来る理由』をしっかりと持って来てほしいと思います」

あなたにとっての「小高に来る理由」とはなんだろうか。世界はますます混沌とし、文字通り予測不能な未来が待ち受けている。でも、その中で新たな未来を作っていけるだけの「何か」がきっとあなたにもあるはずだ。ぜひその「何か」を掲げて、小高の地に足を踏み入れてほしい。


文…久保田貴大 撮影…アラタケンジ