心地よい小高の町で明かりを灯しつづける

心地よい小高の町で明かりを灯しつづける
ブックカフェ「フルハウス」副店長 村上朝晴さん

2016年7月に避難指示が解除され、約6年が経つ小高区。駅周辺には、食堂やカフェ、酒造やコワーキングスペースなど人が集まる場所が増えている。その中の一つに県外や遠い海外からも人が訪れる店がある。作家の柳美里さんが店長を務めているブックカフェ「フルハウス」だ。

そこで、副店長をしているのが、柳さんとともに神奈川県から移住した、村上朝晴さん。今回は、地方での暮らしを「過不足がなくてちょうどいい。自分に合っています」と話す村上さんに小高での生活を伺ってきた。

木のぬくもりあふれる「フルハウス」の店内には、小説からフィクション、料理本までジャンル問わず、さまざまな本が約3,000冊も揃っている。その約3分の2を占めているのは、36もの著名作家たちが自身でテーマを決めて選んだ「おすすめ20選」。「旅する20冊」(角田光代さん)や「小説を夢中で読み始めた頃、救われた名作20冊」(中村文則さん)、「あなたの世界を少しずつ新しくしてくれる20冊」(村山由佳さん)などテーマから各作家の世界観が伝わってくる。

絵本もオープン当初から充実している。「小さい子が読む物ですけど、大人も読んでみると大切な記憶を思い出すことがあって、良いんです。遠くに避難したお孫さんに送ることもできるし。本を通じたコミュニケーションを取りやすいのが絵本」。そんな思いが込められた絵本を見に、子連れのご両親やおじいちゃん、おばあちゃんもくる老若男女に人気な本屋だ。

なかなか小高区に足を運べない人に人気を集めているサービスもある。本を選んで郵送する「選書サービス」だ。柳美里さんが考えた80もの質問にホームページ上で回答し、それを基に、2人で見えない相手を想像しながら、本を選ぶ。どんな本が選ばれたのかは届くまでわからない。毎日郵便受けをのぞいてしまいそうな遊び心あるサービスだ。最近は月に数10件も注文が入るほど評判になっている。

そして、ブックカフェ「フルハウス」には、カフェも併設している。憩いの場でもあり、人が集まる交流の場でもあるのだ。

※現在は休業中。新型コロナウイルスの感染状況により再開予定。

いいね!南相馬に行こうよ!

村上さんは神戸市出身。19歳で神奈川に移るまで、「このまま神戸にいるんだろうなあ」と思っていたらしい。そして、「旅行は全然好きじゃない」と話す村上さんにとって、福島は縁もゆかりもない地だった。移住する前まで、東北自体訪れたこともなかったそう。

しかし、なぜ移住を決めたのだろうか。「2015年に『引っ越そうと思うんだけど』って言われたんですよ」。パートナーである柳さんからの提案だった。そして返事は、意外にも「いいね!行こうよ!」と明るいものだったという。「隣町の距離感もなにもわからない状態でしたけど、不安は全然なかったですね」

いつも柳さんの思いつきに乗るのが村上さんのスタイルらしい。「柳が基本的に思いつくんですよ。引っ越そうとか本屋やろうとか。それにいつも僕が乗るかんじです。自ら『こうやるぞ。えいえいおー』っていうのはなくて、単に必要なことを流されてやっている」

移住もいつも通り流される一方で、東日本大震災の当時から「関東に住んでいる自分たちが利益を得ていた」という意識があり、被災したその土地で暮らすことに対して「ああ、いいね。」という気持ちがあったと話す。

そして、2015年にまずは南相馬市の中部に位置する原町区へ家族で移住。「フルハウス」をオープンするため、2年後の2017年に、原町区の南に位置する小高区へ引っ越した。

なにか大人としてできないか

オープンのきっかけは、小高区の学校に通う部活帰りの高校生だった。「2016年7月の避難指示解除以降、小高区の2つの高校が統合し、2017年4月に小高産業技術高校として原町の仮設校舎から小高区に戻ることになりました。それで当時、柳が務めていたラジオ番組の縁で、その高校の校歌を彼女が作ることになったんです」

原町区の仮設校舎に移転した小高区の2つの高校が統合し、2017年4月に小高産業技術高校として小高区に戻る。

当時は小高区から北に位置する南相馬市原町区に住んでいた2人は、まず高校生たちがどのように下校しているのか気になり、一度見に行った。すると、21:20の終電間際、人影もない真っ暗な町中を自転車で駅に向かう部活帰りの高校生を目にした。

そのとき、「なにか大人として、高校生のために町に明かりを灯すお店ができないか」と考えたと話す。そして、2018年4月に「フルハウス」をオープンした。

オープン当初からとにかく“いい本”を選びたい一心で柳さんとともに本をセレクトしている村上さん。「いい本って説明が難しいですけど、自分にとって大切だと思える本。一生手元に置いておきたいと思える本です」と話す。

「オープンした当初、地元の高校生がきたんです。まだ2年生だったかな。その子はなんとなく本は好きだったけど、別にそんなに読むわけでもない子でした。ある日、その子がふらっと作家の中村文則さんの朗読会に来てくれたんですよ。そしたら、何かが“びびっ”ときたんでしょうね。人が変わったかのように本を読む子になったんです」

それからもお店に立ち寄るようになり、進路や家庭の悩みも話すようになったという。「今は卒業して小高区の工場に就職しているんですけど、今でも時々来て、近況報告をしてくれるんです」

「今フルハウスに通う子どもたちも徐々に成長し、思春期に入ったとき、フルハウスを自分の場所だと思って本を読みにきてくれるとうれしいですね」

海も山もある。ご飯はおいしいし、人は優しい。

小高区に住み早5年。現在の暮らしを「過不足がなくてちょうどいいんですよ。自分に合っていますね」と話す村上さん。以前住んでいた神奈川県鎌倉市は、東京にも近く、小高区を有する南相馬市とは比にならないほど、店や施設が圧倒的に充実していた。しかし、大半は村上さんには関係ないものだったという。

「東京にはありとあらゆるものがなんでもありますよね。でもほとんどが自分には関係なかった。南相馬市には、スーパーはあるし、病院もある。過不足がなくて生活基盤で困ることはないです。海も山もあるし、ご飯はおいしいし、人は優しい。過不足なく、ちょうどいいなと思いましたね」

“地方あるある”な人付き合いも村上さんにはちょうど良いという。「お向かいさんが色々おかずを持って来てくれたり、近所の方が家で採れたかぼちゃを持って来てくれたり。それを疎ましく思う人もいるし、それはそれでわかるけれど、自分にとってはすごく心地良い」

この町にはそんな人付き合いがあるから、孤独で辛い思いをするということも少ない。「困ったときに、相談しに行ける場所がある。あの人のところにいけば助けてくれるだろうなって浮かぶ顔があるっていうのはいいですよね」

お互い助け合い、時には人を紹介し合うことで繋がりがどんどん広がっていく。そんな町を「好きな人は好きだと思いますよ。移住していいところだなって思う人は多いと思います」と話す。

自分たちができることをやる

コロナ禍で長らく休業していた「フルハウス」は、2021年11月にようやく営業を再開。「お客さんが来てくれるっていうのはすごいことだなって改めて思いましたね。地元の方の『最近どう?』に対して『全然ですよ〜』って返事をする日常の会話がいいです」

そんな日常の交流を交わして、改めて人との密が大事だと感じたと話す。「言い方を変えれば人とのふれあいです。それには、集まる場所とかも必要ですよね。小高駅の待合室でも、ロータリーのベンチでも、小高交流センターでも良くて、そういう自然に人が集まってくる場所。そんな選択肢のある場っていうのは大事ですよね」

人々が集まる場の一つとしてこれから、「フルハウス」の裏に増築した演劇アトリエ「La MaMa ODAKA(ラママオダカ)」に併設する形で、ミニシアターをつくる予定だという。「ちょっと少人数で集まって、映画を見て、みんなで感想を言い合うみたいなことができればいいなと思っています」

これまでも本屋や小劇場とさまざまなカルチャーを通して小高区に場を提供しているが、「復興のためとかではなく、あくまでも自分たちでできることをやっていますね。映画だったらそれなりに詳しいのでみんなで観られたら楽しいかなって。もし興味があったらぜひどうぞ!ってかんじです」と話す。

村上さん自身の予定は、「なにもないですね。日々を丁寧に過ごしていくかんじです」

人と寄り添いながら流れるように生活する。そんな穏やかな暮らしを送れるのが、小高区の魅力でもある。


文…草野 菜央 撮影…アラタケンジ