小高にシェフがやってきた!まちとひとから新しい「美味しい!」が生まれる、インスピレーション⇆キッチン。

小高にシェフがやってきた!まちとひとから新しい「美味しい!」が生まれる、インスピレーション⇆キッチン。

 「シェフ・イン・レジデンス」という取り組みを知っていますか?料理人が一定期間ある地域に滞在し、まちの方たちとの交流や土地の食材との出会いを通して、新たな料理を創作する活動のことです。今回小高では、3人のシェフたちが交代で滞在し、オリジナルの料理を提供するシェフ・イン・レジデンス「インスピレーション⇆キッチン」を開催。この記事ではその主催者であるwind&soil代表の根本李安奈さんと、1人目のシェフ本田孝幸さんに、インスピレーション⇆キッチンを通して小高のまちや人々に生まれつつある、新しいコミュニティの形や可能性について伺いました。

小高ならではのインスピレーションキッチンとは

インスピレーション⇆キッチンの会場となるのは、小高区内のクラフトサケ※の酒蔵「haccoba -Craft Sake Brewery-(ハッコウバ クラフトサケブルワリー)」。お酒の仕込みが休みになる間、キッチンと飲食スペースがシェフに貸し出され、ランチとディナーの1日2部構成で営業します。約束の時間にお邪魔すると、昼の営業を終えたばかりの本田さんと根本さんが迎えてくれました。

※クラフトサケブリュワリー協会の規定に基づく、日本酒(清酒)の製造技術をベースとして、お米を原料としながら従来の「日本酒」では法的に採用できないプロセスを取り入れた、新しいジャンルのお酒。

ランチ、ディナーともに連日盛況。店内は、和風出汁の食欲をそそる香りでいっぱいです
開催期間中、お店は基本的に本田さんが一人で切り盛りしています

——本日は、よろしくお願いします!まずは根本さんにお聞きします。このインスピレーショ⇆キッチンを主催するwind&soilの成り立ちや、ご自身の経歴について教えてください。

wind&soilの代表を務める根本李安奈さん

根本さん 私は出身が小高で、大学進学のタイミングで上京しました。コロナの時期も東京で仕事をしていたのですが、リモートワークでずっと六畳一間で働き続けるのもつまらないと思い、いつかは地方で仕事をしたいと考えていたので、2021年2月に小高に戻ってきました。

——小高に戻ってからはどのような活動をされていたのでしょうか?

根本さん 最初の2年間は、小高ワーカーズベースでガラスアクセサリーの広報や、プロジェクトマネージャーの仕事などをしていました。その後、2023年にwind&soilを立ち上げたという流れです。

—— 具体的にwind&soilでは、どのような活動をしているのでしょうか?

根本さん 特に若い方たちに向けて、都市に依存せずに地方でも楽しく生きられるということを提案したいと考えていて。食やエンタメ、学びなど、幅広いジャンルのイベントを企画する事業を行っています。

——印象に残るお名前ですが、wind&soilの由来はなんですか?

根本さん 移住者やこの土地を短期的に訪れる方たちを「風(wind)の人」、地元出身の方を「土壌(soil)の人」と捉え、両者が交流することで、新たな文化が生まれるような「地層」がある場所にできるように、という思いを込めてwind&soilという名前にしました。

——来たばかりの方も、もとから小高にいる方も、両方をつなぐコミュニティづくりを目指しているのですね。

根本さん そうですね。あとは私自身が、やりたいことや高い意識を持って集まるのもいいけれど、もっと気軽で居心地のよい、ご飯に誘い合えるような友達と出会える場所や逃げ場があったらいいな、と感じていたこともありました。

——たしかに、暮らしの中にそんなコミュニティがあったら安心できそうですね。では、インスピレーション⇆キッチンを企画されたのは、どのような思いがあったからですか?

根本さん 地域の方たちがみんなで楽しめるご飯のイベントを開きたい、というところからスタートしました。以前、徳島県の神山という地域で行われたシェフ・イン・レジデンスの取り組みを見て、小高でも同じことができないかと考えたんです。シェフ=風の人が、料理を通して地域を捉えなおす過程で、地元の方たちにとっても、新しくおもしろい気づきがあるんじゃないかと思います。

——わかりました!ありがとうございます!では続いて、今回の“風の人”本田さんのご経歴を教えていただけますか?

本田さん 出身は福島市で、実家は蕎麦屋を営んでいました。高校卒業後すぐ上京し、1年調理の専門学校に通ってから、17年間都内の蕎麦屋や日本料理店で料理人として働いていました。ただ、いつかは地元に戻ろうと考えていたので、コロナの拡大をきっかけに帰ってきました。現在、実家の親父は引退してしまったので、店舗を改装し新しく自分のお店として開店する準備をしているところです。

日本料理人の本田孝幸さん。ご実家の蕎麦屋は約40年間福島市で親しまれてきました

——今回小高でのインスピレーション⇆キッチンに参加されたのは、何がきっかけだったのでしょうか?

本田さん 2021年にテレビの料理対決番組に出演しました。そこで知り合った下國伸さんというシェフに、紹介していただいたことがきっかけです。下國さんは食材探しの旅で日本全国を周っているシェフで、福島県沿岸の生産者さんとも交流があったので、この取り組みを知っていました。

——日本全国を旅するシェフ。大変そうですが、とても楽しそうですね!

本田さん はい、すごく楽しそうに活動されています。僕はこれまで、なかなか福島の海側の生産者さんとつながりを持つことができていなくて。自分のお店の開店前に、食材の引き出しを増やすためにも良い経験になると思ったので、紹介を受けた次の日には、もう応募フォームからエントリーしていましたね(笑)。

——参加は即決だったのですね(笑)。

美味しい時間から、生まれるつながり。

——そうして実現した今回のインスピレーション⇄キッチンですが、小高ならではの意気込みや、特別な部分はありますか?

根本さん 私は、日々何かを消費して生活する中で、少しでも豊かな部分を残す取り組みにできればと思います。たとえば都市部では、お金を使えば楽しめることが多いですが、そこだけで完結してしまう虚しさがあると感じていて。

——都市部には選択肢は多いイメージですが、たしかにつながりが薄い寂しさもありそうですね。

根本さん それに対して、今回のインスピレーション⇆キッチンは、自分が使ったお金が地域の食材を使った料理に変わったり、地域の農家さんたちとの関係が見えたりします。その部分が、普通の消費とは少し違って、より楽しさやつながりを感じられるのではないでしょうか。

——そのときの消費だけで終わってしまわない、つながりが生まれる取り組みなんですね。

根本さん そうですね。そういった楽しい機会をつくることで、地域の外にも小高の活気や魅力が伝わればいいなと。そうして、都市に依存しない地域の暮らしの良さをつくっていきたいです。地域の課題を解決する、という壮大なことよりは、「嫌なことがあっても美味しいご飯を食べたら大丈夫」と思えるくらいの、一人ひとりの生活を彩るような取り組みを目指しているんです。

本田さん 僕にとっては、今回新たにつないでもらった生産者さんの食材を料理に使わせてもらうことにチャレンジする機会ですね。また、今回はせっかく酒蔵でもあるhaccobaさんで開催できるイベントなので、お酒と料理のペアリングや季節感を重視したメニューにも注力したいと思っています。

——まさに小高らしい食の楽しみ方ですね。実際に、ランチやディナーに訪れた地域の方の反応はいかがですか?

根本さん 本田さんのお料理が美味しいと、みなさんに評判です!

本田さん お客さまの年齢層としては、特に若い方が足を運んでくださっている印象ですね。ディナーは、少数のお客さまに対して食材の産地や料理の説明をしながら、ゆっくりお食事を楽しんでいただける時間になっているので、一人ひとりの反応が手ごたえとして感じられています。

ディナーの料理はどれも産地や調理方法にこだわり、丁寧に仕上げられています。その中のいくつかをご紹介します。

相馬の朝採れとうもろこしのすりながし 小高で採れた「桃太郎トマト」のジュレのせ
とうもろこしの甘さとトマトジュレの酸味がバランスが絶妙
浪江町のブランド玉ねぎ「浜の輝(はまのかがやき)」と出汁の含め煮
口に入れるとほろりと崩れてしまうほど煮こまれていて、ほっとする美味しさ
相馬の甘長唐辛子の醤油漬けとミルキーエッグのソースをあわせた白河高原清流豚のカツサンド
濃厚な卵ソースとカツのパンチある美味しさに唐辛子が効いて爽やか
気仙沼カツオのハラミの藁火炙り
カツオとは思えないほど脂の乗ったハラミに、藁のスモーキーな香り、きゅうり・みょうが、青ネギ・新生姜の薬味が相性抜群
小高・根本有機農園のコシヒカリ
農薬を使用せず、有機肥料で栽培したお米は噛めば噛むほど甘く旨味が増していく

——地元の食材がこれほど輝く機会、できるだけたくさんの地域のみなさんに味わってもらいたいですよね。

根本さん 若い人中心ではありますが、年配の方にも楽しんでもらえていると感じます。早速2回目の予約を入れてくださった方たちもいましたし。やはり、美味しいものを食べる機会というのは、みんなにとって嬉しいものなのだと感じましたね。

——たしかに、「食」が真ん中にあると、多くの方が参加しやすいですよね。本田さんは、新しい生産者の方と関係値を広げることはできたでしょうか?

本田さん そうですね。基本的に、食材を一つ一つ見極めて集めるって、時間もお金もかかることなので難しいことではあるんですが、気になる食材をつくられている方にも出会うことができました。自分の店を開店した時にも、全て福島の素材を使った献立でディナーを組んでみる、ということにも挑戦したいです。

ディナーに訪れた方たちとの会話も弾みます

——食材のほかにも、小高の町とのつながりを感じられた場面はありましたか?

根本さん 私は本田さんが作ってくださったラーメンが、印象に残っています。

——どんなラーメンなのでしょうか?

根本さん 以前小高に愛されていた食堂があったのですが、2022年に閉店してしまいました。そのお店の味をモチーフに本田さんが作ってくださったんです。

本田さん ランチでは、ラーメンや丼ものなど、より手軽に楽しんでもらえるメニューを提供していました。完全な再現というよりかは、地元の方から味の思い出話を聞いたり、写真を見たりして、想像できる範囲で味を寄せてみた、という感じです。

根本さん 懐かしい食堂の味もほんのり感じられて。とても美味しかったです!

本田さんが小高の方の思い出話を参考にしながらつくった特別なラーメン。喜ぶ方が多かったそう

——地域の方との交流を通して、再び美味しい一品が生まれたんですね。まさに、小高のインスピレーション⇆キッチンですね!

インスピレーション⇆キッチンを経て進化する、地域とひとの思い

——今回のインスピレーション⇆キッチンの経験を通して、それぞれ変化した部分はありますか?

本田さん 小高に来た最初の頃と比べると、提供する料理が少しずつ変化しています。今ある環境の中で、最大限のパフォーマンスが発揮できるようになっていきました。普段と勝手が違う設備の中でも、美味しい料理を提供できるよう、自分を追い込んだ時間でもありましたね。美味しい料理を提供するために日々ブラッシュアップを繰り返せたことは、自分自身にとって良い経験になったと思います。

「食材の仕入れから、調理、提供までを1人でこなすのは結構ストイックな取り組みでした」と本田さん

——今回生まれた変化は、これからの活動にも活きてくるでしょうか?

本田さん そうですね。福島に戻ってから自分のお店の開業に向けては、「地域貢献」ということをコンセプトに掲げていて。

——飲食店としての地域貢献ですか。

本田さん はい、お店を改装する中で、たとえばお店の横に地域の方に使ってもらえるようにベンチを置いてみる、とか。ちょっとしたことなんですけど、地域に向けて自分からアクションを起こせたら、と考えていて。

——地域の方との心のつながり、という部分も大切にしていくのですね。

本田さん なので「地元の業者さんと取引をして、地元の食材を使わせてもらう」というインスピレーション⇆キッチンのコンセプトを体感できたことで、地域との関わりをより大切だと思えるようになりました。

「ぜひまた来年も、小高でレストランを」と今後の展望を話し合う根本さんと本田さん

——新しい挑戦をする本田さんを、小高の方たちはどんな風に見ていたんでしょうか?

根本さん 小高の土地柄でもある、チャレンジする人を応援する空気感が感じられました。地域の方たちはこの取り組みをとても応援してくれましたし、本田さんも小高の方たちと積極的に関わりを持ってくださいました。本田さんには、ぜひまた小高に来ていただきたくて。これからも接点を持ち続けられれば嬉しいです。

本田さん もう、どんどん小高に呼んでもらいたい!ここでは、思い切り料理に向き合う濃い時間を過ごせましたから。

根本さん また、wind&soilとしても、地域の方に楽しんもらえる機会を継続的につくりだしていけたらと思います。これからも様々なイベントを通じて、その場所でしか生み出せない楽しさや豊かさを提供していきたいです。

本田さん 僕も、まずは福島市で、自分の料理を待ってくれている人に向けて頑張ります。

——本日はありがとうございました!

小高という土地と、そこで暮らす人々。小高を初めて訪れた本田さんや、この土地ならではの食材や生産者の方々。そしてそれぞれの魅力が出会う場所をつくる根本さん。料理を通してたくさんの想いが出会ったインスピレーション⇆キッチンは、これからも人や食材、生産地をつなぎ続け、美味しく楽しい時間を生みだしていく起点になるはずです。

2024年9月11日~9月27日まで3人目のシェフによる営業がスタート! 

https://www.instagram.com/p/C_J25kdSczV

wind&soilさんの取り組みについて

地域のコミュニティを育てる事業 『wind&soil』をスタート|wind&soil (note.com)

本田さんが福島市で開くお店『蕎麦割烹HONDY』は2024年12月に開店予定です

https://www.instagram.com/hondy_sobakappo