詩人・野宮有姫さんが紡ぐ、
“遊びがい”のある日常。

小高、西会津、東京などを拠点に、詩や演劇の脚本制作、まちを巡るアートツーリズムなど、多岐にわたる創作活動を展開している野宮有姫(のみやゆうき)さん。小高では「ぷくぷく醸造(※)」の角打ちのスタッフとしても働く野宮さんに、その豊かな感性を通じて見つめる小高のまち、衣食住をテーマにした創作活動などについてお話を伺いました。
※立川哲之さんが代表を務めるクラフトサケ製造会社で、2024年11月に小高区内に醸造所を設立。
演劇とまちづくりは似ている——野宮さんの創作活動。
暑い日差しが照りつける8月の終わり。築80年ほどの民家を訪ねると「こんにちは!いらっしゃい!」と明るく迎え入れてくれたのは、野宮有姫さん。玄関には「小高酒家(おだかさかいえ)」のプレートが。このシェアハウスで暮らす野宮さんと“お酒”は切っても切り離せないものですが、その話はまた後ほど。まずは野宮さんのこれまでのことについて伺いました。

——本日はよろしくお願いします。まずお伺いしたいんですが、野宮さんの肩書きや職業は何と書けばいいのでしょう……?
野宮さん そうですよね~。私もいつも迷ってるんです!一応、詩人ということが多いですかね。演劇や詩など、言葉を軸にしているメディアをつくっているので。
——元々、創作活動を始めたきっかけは何だったのでしょうか?
野宮さん 母親が演劇をやっていて、幼い頃からそういった世界が身近にあったんです。なので意識することなく、自然と私もそういった活動を始めました。
——子どもの頃から、創作活動をしていたんですね。活動の中で表現したいことなどはありますか?
野宮さん 中二病のようで少し恥ずかしいですが、幼少期に「自然物こそが美しいのに、何で自分は人間なのだろう」と本気で悩んでいた時期があって……。
——子どもながらに葛藤されていたんですね。
野宮さん その原体験から自然物と人工物を分けて世界を見ていましたが、「そもそもすべて自然の一部だよね!」「分けるのは傲慢だ!」と考えるようになり、本来は存在しない境界を、芸術を通じて取っ払いたいなと思って活動しています。

東京都世田谷区生まれの野宮さんは、高校を卒業後演劇部の同期と劇団を旗揚げし、進学先の日本大学藝術学部文芸学科では詩作・俳句/連句のゼミを専攻。その後も、演劇の脚本や演出、詩の制作、アートイベントの企画制作などジャンルを超えて活動してきました。

近年では、地域創生事業と連動した町中や空き家などを活用した作品、宿泊施設・里山の集落全体を舞台としたアートツーリズムの演出構成も。5年ほど前からは福島県内での創作活動にも力を入れています。
——福島との関わりのきっかけは何だったのでしょう?
野宮さん もともと、コロナ以前から西会津出身の俳優さんと知り合いで。そのご縁から西会津を訪れたり、芸術村で作品演出をしていました。
——そうだったんですね。
野宮さん その後、コロナで東京での仕事や活動がストップしてしまったときに、西会津の方たちと Zoom で話していたら「せっかくなら、こっち(西会津)で生活したら?」と言われて、すぐ飛んでいきました!
——すごい行動力!実際、現地に滞在して活動してみてどうでしたか?
野宮さん もう、発見が無限にあって、ワクワクの連続で!学ぶことだらけでした。
——どんな点が良かったですか?
野宮さん まず私の価値観と、とても相性が良かったですね。自然と人間の境界が曖昧で、野生が近いというか。
——創作活動に変化はありましたか?
野宮さん まずはインプットやリサーチの方法が変わりましたね。それまでは本などで知識を得たのですが、身を持って五感で体験するようになりました。
——創作するものの変化は?
野宮さん 私自身は、本質的に変わっていないと思うんですが、端から見たら違うかもしれませんね。実際に劇場以外を舞台にした表現方法も多くなっていて“衣食住”をテーマにした作品への興味が高まっています。

その一例が、飯舘村で開催した「めぐりあるきレストランヒカリノトリ」。このアートツーリズムでは、参加者は地球・自然環境のリサーチを行う“観測者”に。回遊しながら食を味わい、アートにふれ、環境世界を冒険する没入型演劇の演出などを担当しました。これまでにはない視点から地域を見ることで、地域の価値や魅力を再認識し、新しい可能性を生み出す体験になっています。
——地域と飲食、演劇とのコラボなど、だいぶ実験的な試みですよね。
野宮さん そうですね。ただ、演劇とまちづくりは似ていると思っていて。
——共通点はどんな部分に?
野宮さん 人やものには元々、それぞれの魅力があって。その魅力や価値を、さまざまな視点から見えやすくするために演出するのは一緒だと思っているんです。そういった意味では社会は人間がつくってきた舞台ともいえますよね。
——そういった活動に継続して取り組む理由は何でしょう?
野宮さん 島で過ごしてみて、ずっと受け継がれてきたものを大切にしたいと改めて思ったんです。
——なるほど。それは目に見えるものだけではないですよね。
野宮さん そうですね。福島に滞在して、その魅力を感じると共に、このままだとこの素晴らしい営みや文化がなくなってしまうんじゃないかと危機感を覚えました。そこで新しい視点から光を当てることで、地域ならではのものを見直すきっかけになればと思っています。
野宮さんと小高をつないだ“お酒”。

現在、野宮さんは福島県内の各地や東京、そして小高を転々としながら創作活動に励んでいます。小高区で拠点にしているのがシェアハウスの「小高酒家」。まさに、お酒好きな野宮さんのためのようなネーミングです。頻繁に「宴(うたげ)」が開催され、“家びらき”と称した宴会には地域の方を中心に40名ほどが訪れたそう!そして、野宮さんと小高をつないだのも、またお酒でした。
——野宮さんが小高区を拠点のひとつにしたきっかけは何だったのでしょう?
野宮さん もともと、ぷくぷく醸造の立川さんとは知り合いだったのですが、昨年の9月くらいに、ちょうど小高区に醸造所を立ち上げるタイミングで「人手がいる」と聞いて、「これはチャンス!」と思って手を挙げました。
——それで小高区でも暮らすようになったんですね。
野宮さん はい。醸造所に併設している角打ちのスタッフとして準備をしながら、たまに仕込みを覗いたりしています。
——本当にお酒が好きなんですね。
野宮さん お酒のある宴は“小さなハレの場”だと感じていて、そこで生まれる交流や楽しいひとときが大好きなんです。
——“小さなハレの場”。すてきな表現ですね!
野宮さん あとは、以前からお酒についてもっと深掘りしたくて。お酒のメディア性に注目しているんです。
——お酒のメディア性ですか?
野宮さん お酒って地域の米や土、水、人など、その土地の情報がかたちになった作品だと思っているんです。いつかお酒をテーマにした創作活動もしたいと考えています。
——なるほど!角打ちの様子はどうですか?
野宮さん もう“カオス”って感じです。小高の常連さんや移住した人、遠方から来た人たちが入り交じって……。店内はスタンディングだから移動しやすいですし。
——夜な夜な新しい交流が生まれているんですね。
野宮さん そうですね!意外な出会いが生まれたりしていて、お酒のチカラを実感しています。

小高で感じること、つくりたいもの。

仕事や創作活動、大好きなお酒に関わる場として小高区で過ごす野宮さん。そのさまざまな視点から、このまちはどんな風に見えているのかたずねました。
——小高区で過ごしてみた率直な感想を聞かせてください。
野宮さん 川沿いの景色や桜並木も好きだし、個性的なお店やカフェがあって、まちに流れる空気が好きです。あと突然、知り合いから生ダコをもらったりして、海が近いなと(笑)。
——普通だとありえないシチュエーションですね(笑)。
野宮さん マジでオープンハートな人が多いと思いますね。移住者にもやさしいし。
——野宮さんのオープンハートな姿勢と、相性も良さそうですね。
野宮さん そうですね。あと、文化度が高いですよね。詩集を出す人たちがいたり、小高は文化活動が盛んって聞きますし。こうしたことをちゃんと誇りに思っていますよね。
——なるほど。野宮さんらしい視点ですね。
野宮さん そういった文化を大切に、自分たちで主体的に暮らしや課題に向き合ってきた“実践者”な気がします。だからこそ、新しいものも歓迎しつつ、それに飲み込まれない強さがあるんだなと。さまざまなものが入り交じりながら、共生しているのがおもしろいですね。

——そんな小高区を舞台に創作活動をする予定はありますか?
野宮さん もちろん!いまはここで過ごして、色々と体験したり吸収して、構想を練っています!
——どんなテーマになりそうですか?
野宮さん やはりお酒をメインにしつつ、飲食体験と合わせて地域の魅力にふれられる世界観をつくり上げたいと思っています。
——最後にちょっと“ムチャぶり”になってしまうんですが、小高というまちを一言でいうとどんな場所でしょうか?
野宮さん ん~、難しいなあ……。“遊びがいのあるところ”ですかね。
——遊びがいですか?
野宮さん はい。受け継がれてきた文化や、新しいものごとがあふれているし、個性的な人たちやコミュニティ、自然豊かな環境にも恵まれている、遊びがいがあるまちだなと。あと、もちろんお酒も!今度、一緒に飲みましょうね!
——ぜひぜひ!本日はありがとうございました!
終始、自然体で軽やかに、それでいて芯のある言葉を紡いでくれた野宮さん。ぷくぷくと発酵するクラフトサケのように、小高という地域で創作のアイデアを醸成しています。その豊かな感性から見える小高のまちはどのように表現されるのか、そして、カオスになりそうな宴の機会も楽しみに待ちたいと思います!