「古本は楽しい」を味わおう。
新たな出会いに満ちた、小高古本店。

「古本は楽しい」を味わおう。<br>新たな出会いに満ちた、小高古本店。

JR小高駅からまちの中心へと伸びる道。駅から西へ少し進むと小さな古本屋さんの看板が見えてきます。この「小高古本店」は2024年11月にオープンし、現在小高区で唯一の古本店です。今回は、店主の大浦秀航(おおうらひでゆき)さんのこだわりがつまったお店にお邪魔し、お店に込める思いや大浦さんの人生を変えた魅力あふれる「古本体験」についてお話を伺いました。

古本店には、店主の理想がつまっている。

小高区東町の空き店舗を改修してオープンした小高古本店

——本日はよろしくお願いします。店の奥まで本棚が並んでいますが、現在お店にはどれくらいの本があるのですか?

大浦さん だいたい、2600冊くらいです。もともと持っていた本もあるのですが、3~4年ほどかけて古本を集めてきました。

——そんなにたくさん!古本店としては、一般的な冊数ですか?

大浦さん 「古本店開業の手引き」のような本があるのですが、そこには最低2000冊がお店を開業できるラインだと書いてあり、目標にしました。本の数が揃ってきたので、小高区役所さんに相談して、当時空いていたこの物件を紹介してもらいました。

——古本店は、基本的には店主が本を集めるのですね。

大浦さん そうですね。古本店に問屋はなくて、店の本は基本的に店主の持ち物です。自分の店には自分の置きたい本を置く、といった感じです。

——よく見ると、お店の中にはマンガ本もありますね。

大浦さん だいたい文芸本7割、マンガ本3割の割合で置いています。もともと、私と本との付き合いはマンガから始まったんです。楳図かずおの熱狂的なファンでしたね。

お店の一角には、「作家紹介」コーナーが。文芸部門とマンガ部門に分けられ、大浦さんおすすめの作家が紹介されています。

取材当時(2024年11月)の特集作家は、つげ義春と宮本輝。大浦さん手書きの文字にはあたたかみがあります

——このコーナーは、大浦さんが作られているんですか?

大浦さん そうなんです。毎月更新しようと思っていて、もう来月の分もできているんですよ(笑)。

お店へ訪れた人に新しい文芸やマンガとの出会いを作りだす、大浦さんの工夫です。

切手やメンコ、古いマッチなども。「子ども時代に熱中した楽しさがまだ残っていて」と大浦さん

いつか、やってみたかった古本店を小高で。

そんな大浦さんですが、最初から古本店を営んでいたわけではありませんでした。

——大浦さんは、もともと本に関係する仕事をされていたのですか?

大浦さん いえいえ。職歴としては、大学を卒業後2つの会社に勤めたんだけど、「自分に合わない」と感じて(笑)。32歳の時に自営業を始めようと決めて、浪江町と小高区で学習塾を開業しました。

——なぜ、学習塾だったのですか?

大浦さん 中高時代までに学校で「先生」の姿は見てきているから、教え方などがイメージしやすかったんです。それに、机と椅子と黒板さえあれば、簡単に始められるのでね。そのまま学習塾を営んでいたのですが、50歳を過ぎたときに震災が起きて。福島市などで6年ほど避難生活を送り、住んでいた小高に戻ってきましたが、塾は再開しませんでした。

小高に帰ってきてから、大浦さんは「どうしたら、日々の生活で充実感を得られるだろう」と考えるようになったと言います。

大浦さん 震災前と比べて時間ができましたし、たとえば、家で1日中読書をしていたら楽しいけれど、虚しさを感じる。そんな中で、大学時代に住んでいたアパートの近くにあった古本店のことを思い出しました。

——当時はどこに住んでいたのですか?

大浦さん 東京の保谷のあたりです。その古本店は老夫婦が営んでいて、店の奥の畳に座る2人の姿が印象的でした。なんだかとても好ましくて、「自分が歳をとった時の理想の姿」として心に焼き付いたんです。

——大浦さんもいつかそのご夫婦のようになりたい、と思ったんですね。

大浦さん そうですね。あとは、もともと「本」というものが好きでした。本は、触っても楽しいし、装丁や挿絵は綺麗だし、中身はもちろん素晴らしいし。人生の節目節目で、「いつか古本店がやれたらいいな」と思っていました。

——そうして長年思い描いてきた理想を、実現させるきっかけになるような出来事があったのでしょうか?

大浦さん 小高図書館で、2冊の本を読んだことが大きかったです。岡崎武志の『古本道場』と、山本善行の『漱石全集を買った日』という本です。それらを読んで、古本屋になるっていうのは素晴らしい「出会い」があることなんだ、と漠然としていた憧れが輝きだしました。

大浦さんが2冊の本と出会ったのは2020年頃。そこから古本店の開業に向けて具体的に動き出しました

——「出会い」というのは?

大浦さん どちらの本の中でも、著者が素晴らしいと思った作家を薦めているのですが、実際にその作家たちの本を読んでみると、たしかに素晴らしい。次々に「新しい本を読んでみよう」という気になって、それぞれの本の良さを自分で感じることができたんです。

大浦さんにとって古本店開業の大きなきっかけとなった2冊の本

大浦さん その時までは、学生時代の「義務的な読書」しか経験がなかったものですから。でも、そうじゃない読書は1冊を読むと、好きな作品や作家が増えてつながっていく。出会いが広がることを知りました。

——読書の楽しさを体感したのですね。

大浦さん そう。たとえば、ある本を読み始めたけれど、なにか別の用事でその読書を中断しなくてはいけなくなる。でも、その本のつづきが早く読みたい。と、こんな風に今読んでいる本の続きを読む楽しみが、常に頭の中にできる。これが読書のとても幸せなところだと思うんです。

本は本でも、古本なわけ。

——同じ本でも、大浦さんが古本を選んだのはなぜでしょうか?

大浦さん 普通の本屋というのは、言い換えれば「新刊屋」です。新しく発行される本を一定期間置いて、売れなければ戻すというシステム。

——発行からある一定期間の本が揃っている場所、なんですね。

大浦さん ええ。逆に古本屋っていうのは、発行からどんなに長い年月が経っても、店主が置くと決めた本は揃う場所です。古い昔から今までに発行された本が、時代に関係なくある。

——たしかに、普通の本屋さんと比べて、出会える本の年代が広がりますね。

大浦さん また、古本は新刊に比べて手頃な値段で手に入ります。本っていうのは、読んでみてその時ピンとこなくても、読む時期が今じゃなかった、ということもある。だから、少しでも気になった本は気軽に何冊か買えた方がいい。

—— 本と自分のタイミングが合う時がくる、ということですか?

大浦さん そうそう。だから、気軽に買える値段である、ということも古本の大きな魅力ですね。途中で読むのをやめてしまった本は、少し置いておいてまた気が向いたら読めばいいんです。

小高古本店の看板には「古本は楽しい」の言葉が

——実際に、このお店に置く本を選ぶときの基準はありますか?

大浦さん マンガと文芸がこの店の2本柱です。マンガで言えば、背景がしっかり描きこまれているもの。作家の丁寧さの証で、それはもう、ひとコマの絵画です。あとは、ストーリーの中に人間の生き様や人生の重さなど文学的な要素が織り込まれているものは、自分が読んでも楽しいし、この店にも置きたいと思います。

——文芸本には、どのような基準がありますか?

大浦さん 「再読に耐える本」かどうか、ですね。

——再読に耐える本?

大浦さん ひとつの出来事を表すためにも言葉には様々な表現があります。その表現の方法によって、作家の言葉を選ぶ力を感じられる。それが、読む度に心地いい表現だと、何度も読んでしまいます。

——たしかに「この本のこの表現が好き」と思うことがありますよね。

大浦さん 同じ本でも、たとえば違う年齢で読んだとき、新たな気づきや共感が得られれば、それは素晴らしいことですよね。描かれている人間関係の機微など、自分が歳をとって成長すると理解できることも増えて、深さも加わってくる。

——そういった、繰り返し読んでもらいたい本が、このお店には置いてあるのですね。

大浦さん できる範囲で、ですけどね(笑)。とにかく、本は生活の中の楽しみになってくれます。自分の頭の中に、いつでも楽しみを抱えているということが可能になるんです。

取材中にも2人のお客さんが来店。探していた本と出会えて「この冬のお供にします」と嬉しそうな様子

古本を、小高暮らしの楽しみに。

——大浦さんは、この小高古本店を小高の中でどんな場所にしたいと考えていますか?

大浦さん 古本の楽しさを、ひとりでも多くの人に体感してもらえるような場所にしたいと思います。私が学生時代、古本店に憧れたように、今度は若い人に「古本っていいな」と思ってもらうきっかけになれれば嬉しいですね。

——小高の人たちの楽しみのひとつになりそうですね。

大浦さん 古本屋があるまちって、素敵だと思うんです。どんなに小さいお店でも、読書や古本の魅力を伝えられる場所があれば、そのまちの人たちは楽しさに出会うことができますから。

——故郷である小高に、そのような楽しみを発信する場所をご自身でつくられたんですね。

大浦さん 小高を古本店のあるまちにしたかったですから。原町区には、別の大きな古本店があるので、お店をやるのであれば古本店がない小高区だな、と。

——古本屋さんを営むことが、大浦さんにとっても楽しい時間になっているんですね。

大浦さん そうですね。店の番台に座って、本好きなお客さんと接していられる時間が楽しいです。お金では買えないことというか。やってみたいと思っていた自分の夢のひとつを、ここ小高で叶えられたんです。

店の奥の「番台」で古本の管理をする大浦さん

毎日の暮らしや誰かの人生にとって、ささやかな楽しみや新しい出会いのきっかけになるかもしれない本の力を、古本店を通して小高に発信する大浦さん。思い描いていた憧れを実現させたこのお店から、ひとりでも多くの人に読書の楽しみが広がっていきますように。そして、そんな素敵な場所やそこに集まる人々。魅力ある小高にまたひとつ新たな彩りが添えられました。