Uターンから4年。
もっと“らしく”、変わる、進む、根本さんの小高暮らし。
小高区に暮らし、福島県の浜通りエリアを拠点としたフィルムコミッションの代表を務める根本李安奈さん。フィルムコミッションとは、映画やテレビドラマ、CMなどをはじめとする映像制作に対してロケーションを誘致し、その地域での撮影がスムーズに進行するようにサポートすることです。今回はその活動を通して、小高区の魅力を地域内外に発信する根本さんにお話を伺いました。今回でおだかるの登場が3度目となる根本さん。多角的に活躍する根本さんのライフスタイルや考え方の柔軟さにせまります。
構想しつづけた「フィルムコミッション」を、浜通りで実現。

前回は小高区での「シェフ・イン・レジデンス」の事業主催者として。そして、その前は「ガラス工房iriser(イリゼ)」の広報担当として。おだかるの取材に応じていただいた根本さんは、複数の事業やプロジェクトに携わりながら小高区を拠点に活躍の幅を広げ続けています。そんな根本さんが、フィルムコミッション事業に向き合うまでには、どんな流れがあったのでしょうか。
——本日は、よろしくお願いします。もともと大学進学前から映画に興味を持っていたとお聞きしていますが、根本さんがフィルムコミッションの事業に取り組み始めた経緯を教えていただけますか?
根本さん 小高にUターンした当時から、地元でも映像制作に関わる事業ができたらいいねと、仕事仲間と話していました。最初は「相双ロケ企画」として、サークルのような集まりから活動がスタートしたんです。
——具体的には、どういった取り組みをしていたのでしょうか?
根本さん ロケ場所やエキストラを探している映像制作隊に対して、情報をまとめてウェブサイトで発信していました。あとは、「地域にとってあったらいいよね」という観点から、360度カメラで地域内で壊されてしまう建物のアーカイブ映像を撮影する、といったこともしていましたね。
——ロケ地の誘致だけでなく、映像で地域の記録を残していたのですね。
根本さん そうです。まちの様子がどんどん変わっていく中で、映像を切り口にして地域の“今”を将来へ残す活動もできればと考えていました。現在は、「相双ロケ企画」から、正式にフィルムコミッションを実施する組織になり、活動しています。
——その中で、根本さんは具体的にどういった活動をしているのでしょうか?
根本さん 私は代表として、主にバックオフィスで組織の運営を担当しています。私のほかに2人のメンバーがいて、コーディネーターとしてアテンド等を担当しています。
——これまで、根本さんがほかの事業にも積極的に取り組む様子を取材させてもらいましたが、フィルムコミッション事業にはどんな想いで向き合っているのでしょうか?
根本さん 今いちばん大切にしているのは、「地域の誇りを取り戻す」ということです。
——地域の誇り。
根本さん これまでってどうしても、地域に対して「どうせ、ここなんか」と自信を持てていない部分があると思うんです。それを、映像を通して変えていきたい。地域が映画などの舞台になることで、地元の方たちに「この地域はこんなに綺麗なんだ」「こんなところもあるんだ」と思ってもらいたいんです。
——たしかにそれは、地元の方たちにとって地域への印象が変わるきっかけになりそうですね。

根本さん あとは、ロケをする中で、地元の方たちがエキストラとして参加したり、ロケ隊や役者が地元のお店にいる機会が生まれると思うんです。そんな、外との交流の中で生まれる「外的要因のお祭り」もさらに増えていけばいいなと思っています。
——外的要因のお祭り、というのは?
根本さん たとえば、外からやってきたロケ隊たちと、地域が映像作品になる機会を楽しんだり、一緒に作品づくりに参加したりすることです。地域みんなで、一緒に新しくお祭りをつくりたい。「自分はいいよ」と遠巻きに眺める方もいて、もちろんそれはそれでいいんですけどね(笑)。
——なるほど。

根本さん いま地域には「内的要因のお祭り」は増えてきていて。小高発祥のhaccoba-Craft Sake Brewery-(ハッコウバ クラフトサケブルワリー)さんが主催するイベントとか、地域全体で盛り上がる「つながる市」なんかは、内的要因のお祭りだなと思います。
——外的要因のお祭りを増やすためには、どんなことが必要なのでしょうか?
根本さん 「お祭り」の機会を楽しむためには「文化が身近である」ということが大切な要素だと思っています。
——「文化が身近」というのは、たとえば美術館に気軽に足を運べる環境がある、ということですか?
根本さん そうですね。今、福島県内で美術館へ行こうとすると、浜通りからは結構時間がかかります。でも、もっと身近にそういった施設があると、展示内容に触れるハードルが下がったり、「歴史や文化を将来に伝える」という学芸員の存在が機能して、地域と文化が近づいた状態になると思うんです。
——美術館のように地域と文化の距離を近づける役割を、フィルムコミッションも果たしていくということでしょうか。
根本さん そうですね。撮影された作品やその時にできたつながりをきっかけに観光や文化境域の領域にも事業を広げていければという構想もあります。
そのために根本さんは、フィルムコミッションのみならず、南相馬市を拠点とした企画事業wind&soil(※1)の代表も務めています。そこでは、おだかるの過去の記事でも紹介した小高区でのシェフ・イン・レジデンス事業「インスピレーション⇆キッチン(※2)」や、映画館がない地域でも小規模の映画上映会を開催できるパッケージ「シネポッケ」などの開発にも取り組んでいます。
※1 wind&soil:https://wind-and-soil.jp/


根本さん まちの経済圏の中で小さな商いを成り立たせて、地域の個性をより豊かにしていきたいと考えています。“カルチャープレナー”という方たちがいるのですが、自分たちはそのローカル版をサポートするイメージです。
——カルチャープレナーですか。
根本さん カルチャープレナーとは、一般的には文化やクリエイティブ領域の活動によって、これまでに無かったビジネスを展開し、豊かな世界の実現を目指す起業家のことです。地域でスモールビジネスを展開する人を応援したいですし、小高区をやりたいことがある人の個性をサポートしていけるエリアにしたいですね。

暮らしも、まちも、「すごく変わった」。吸収の4年間。
根本さんにご自身の働き方やライフスタイルについても伺いました。
——シンプルに気になってしまったのですが、たくさんの事業や企画を抱えていて、大変ではないのでしょうか…!
根本さん 個人的には、なにかひとつの事業や製品に向き合う仕事よりも、今のように複数のプロジェクトを抱えている方がいいですね。関わることができる人の数も多いし、「広がっていく感じ」が楽しいです。
——どんな部分が、広がっていくのでしょう?
根本さん 事業自体が自分の意図していない方向にも展開されていくこととか、ジョインしたいと言ってくれる人が増えるとか、さまざまです。たとえばですが、昨年小高区で主催したシェフ・イン・レジデンスを、「新しい事例として紹介したい」と協会(※)から言ってもらえて。
※一般社団法人日本シェフ・イン・レジデンス応援協会
——すごいですね!
根本さん わたしも各地のやり方を知る機会になりましたし、そのことをきっかけにいろいろな出会いも増えました。

また、根本さんはこの4年間でさまざまな事業に精力的に取り組む一方で、出産も経験されました。
——お子さんが生まれたことで、生活に変化の大きい数年間だったのではないかと思いますが、実際はいかがでしょうか?
根本さん そうですね。自分の生活も、まちの景色も、すごく変わったと思います。同年代の子どもを持つ方と「親友達」というつながりが生まれましたし。
——小高のまちの変化も、大きかったのですね。
根本さん 地域にいろいろなサービスが生まれていくタイミングだったと思います。なにかを始める時には、こういう計画をして、こういうビジョンを立てて、それに賛同する人たちが集まってきて。いろいろなものを見せてもらって、たくさん吸収できた4年間でしたね。
——日々、吸収するものがあるのですね。
根本さん 最近、「90歳のロールモデル」を持つということを考えます。今のライフスタイルだと、ひとつの会社だけでなく、地域の中にいて活動していることで、会社とはまた違った幅広い年代や経験値を持った人を知ることができると思うんです。
——企業だと、属性が限られてしまいますよね。
根本さん そうですね。プロジェクトを回すといったビジネス的な力も吸収しつつ、地域での事業を通して一緒に活動する方たちからは、常に人間としてのかっこいい在り方を学ぶことが多いです。
——暮らし方としても、働き方としても、さまざまなロールモデルを持てる現在のライフスタイルは、根本さんにとってどんなものでしょうか?
根本さん しっくりきています!自分のアクションに対して反応がダイレクトに伝わってくるので、その度に背筋が伸びる思いです。
”与太郎”も歓迎できるまちへ?
小高だから実現した納得のライフスタイル。

ご自身にとって納得感のあるライフスタイルを築いてきた根本さん。それを実現できたのは、「小高区だから」という要素もあったそうです。
根本さん いろんなことをしている人の動きに惹きつけられて、いろんな人が集まってくる。そんないいコミュニティがあるから、自分も今のようにやらせてもらえているのかな、と思います。
——コミュニティの良さは、具体的にはどんな部分でしょうか?
根本さん 日々刺激的なインプットがありますし、特に若い人がチャレンジしやすい場所に向かって前進している空気感ですかね。
——小高区がチャレンジしやすい場所、ということは根本さんがUターンされた当初から仰っていますよね。
根本さん そうですね。あとはもう少し、”与太郎”みたいな人も生きやすい場所になっていったらいいんじゃないかな、と思います。
——”与太郎”、というと?
根本さん よく落語に登場する「無目的に過ごす、楽しむ」みたいな人ですね(笑)。いまは、起業やプロジェクトを自分で興したい人と、そのフォロワーたちがたくさんいるのですが、もっと与太郎的な人も増えていくことでなんだかみんなが和む、みたいになっていってもいいんじゃないかなって。
——たしかにそうなると、小高区がより多様な地域になっていきますよね。

根本さんのお子さんは、取材当時1歳3か月。少しずつ言葉でのコミュニケーションが取れるようになってきたこともあり、より子育ての楽しさを感じているそうです。
根本さん 子どもと一緒に遊ぶ時間は、こっちも童心にかえりますね(笑)。その時間が自分を少しやわらげてくれて、仕事でも固まってしまっているところをほぐしてくれたりします。
——仕事と子育ての両立は、エネルギーがとても必要ですよね。
根本さん 仕事への移動時間や夜の作業時間が、自分の時間になっていますね。ただ、自分はそんなに器用な人間じゃないので(笑)。もちろんひとりで仕事をしているわけではなく、各方面のみなさんに支えられながら、取り組んでいます。

働き方も、暮らし方も、自身が納得できるスタイルを実現している根本さん。地域の中にさまざまなロールモデルを見出しながら、意志をもって前進し続ける姿は、周囲を勇気づけているようです。そして、根本さん自身が、これからますます多様になっていく、小高区でのロールモデルの一人になっていくのではないでしょうか。


